ホーリータウンラジオ

RADIO更新しています。 毎週木曜日にFMアップルウェーブで21:00から放送中のホーリータウンラジオでの選曲リストを載せています。   最近はあまり出演していませんが、私が編集をやったり、仕上げをしたりするので毎週分聴いています。 一人の時よりとても面白い番組になったと思います。他の3人のメンバーの音楽の知識はかなりのもので、とても小さな町のコミュニティラジオの番組とは思えません。    

夏帽子

夏日。   今日はNHKラジオの聞き逃しサービスで面白い話を聞いた。 皆さんも覚えがあると思うが、楽しい時間はあっという間で、つまらない時間は長く感じる不思議についての仮説だった。   私が聞いて理解したのは、時計を使って測る物理的な時間と、人が感じる感覚的な時間の流れが一致するかしないか、ということであるようだ。 まず、時間(を含め物事)はエントロピー(乱雑さの度合い)が高い方へと進むので、もし局地的にエントロピーが減少した場合、周囲のエントロピーは必ず増加していることになる。 人は複数のシステムで時間を認識し、記憶・記録が増える方向にも時間の流れを感じているが、記憶、記録が増えると、そこにパターンが生まれて整然としてくる。つまりエントロピーが低い状態となっていく。 つまり物理的な時間がエントロピーの高い方へ流れるのと反対に、脳はエントロピーが低い状態へ時間の流れを感じることになる。 面白い授業、面白くない授業に置き換えるとわかりやすいが、楽しい時間というのはおそらく脳内のエントロピーが低い状態であり、局地的なエントロピーの減少が起きている。その際には脳の外側のエントロピーは増加していなければならない。 ということはこの時、エントロピーが低くなる方に人が感じる感覚的な時間と、エントロピーが高くなる方に感じる物理的な時間の流れが一致して、時間が速く進む様に感じられる。 逆に楽しくない時間は一致せず、長く感じてしまうのではいか。 これが不思議の正体ではないかということである。 興味のある方はまだ聴けるので是非。   帰宅後は句会の為の俳句をいくつか作った。 今回の兼題は「夏帽子」。

薄衣

今日は暑く、夏の装い。   昨日はトミー・ゲレロのライブ。 お寺に300人ほどの人が集まり、床が抜けないか心配だった。 仙台でのライブよりはるかに多い集客だそうで、街の規模はそんなに関係ないのかもしれない。 トミー・ゲレロの大ファンの友人は大はしゃぎで踊りまくっていた。   主催の方の長年の思いがこもった企画で、それをたくさんのスタッフが支えていて、ライブも素晴らしく、皆楽しそうにしていた。 本当に素晴らしいライブだった。    

走り茶

今日も暑い。 仕事は相変わらず花摘み。受粉が済んで結実してくるとつるが硬くなって取れにくくなる。   飛行機雲が多く出ていた。上空は冷えているので、排気ガスの水分が凍って雲状になるのはわかるが、なぜ出来る日と出来ない日があるのかよくわからない。   新茶を頂き、毎日飲んでいる。 新茶は「走り茶」とも言う。 柔らかな茶葉なので粉茶のように細かくなっていて水色(すいしょく)が濃く出るが、味は瑞々しく見た目ほど濃くない。   SNSをやめて一月ほど経った。 本当にやめて良かった。 すぐ影響されてしまう私のような人間には心底向いていないと思う。 やっていない方が毎日楽しい。      

氷菓

昨日も天気良く、今年初めて畑でアイスを食べました。 作業は世界一という大きなりんごの花摘み。 世界一は花も大きく、ふじの倍以上。     毎週木曜日にアップルウェーブで放送しているホーリータウンラジオも16日で7回目。 最近は他のメンバーが頑張ってくれていて、あまり出演せず、編集などで参加しています。 10年ほど一人でだらだらとラジオをやってきましたが、みんな僕よりよほど話も上手で面白いラジオになってきました。 目論見通り選曲の幅も広がり、聴いていて発見があるラジオです。 このホームページのメニューにRADIOとありますが、そこに放送済みの回の選曲リストを載せています。 ぜひお便りもお寄せください。

青蛙

五月ももう半ば。 夜になると田んぼから蛙の声が聞こえてくる。   りんごはもう、少し膨らみ始めている。今年初めて聞いたが身になり始めたこの様子を「りんごさたましっこ(魂)入ったら」と言っていた。     前にも書いたかもしれないが、youtubeで様々な講演会などを聞きながら仕事をしている。 天文学、生物学、哲学、宗教など分野は様々だが、共通して感じるのは自己の曖昧さである。 我々の身体は星によって作られた物質で出来ている。 自分の体というが、我々の体内にはおびただしい数の菌類などの生命があり、一つの生態系といってもいい。 食べたものを体に取り込み、我々の体を成すものは常に入れ替わっている。 などなど。 昔から色々考える方ではあったので、汚い話だが、小便をすればいつか海に流れ、蒸発して雲になり、雨になり、誰かがまたそれを飲み、また排泄し、今度は高い山の雪になり、氷河になり・・・、ということもよく考えていた。 水だけでなく、私たちの身体も同じようなもので、様々に姿を変え、巡り巡っていると言える。 となると、他人と私は何が違うのか、人間と他の生物は何が違うのか、その辺の土と何が違うのか。 などと偉そうに考えるのだが、今日の帰り道、鳥の糞が降って来て私に直撃した。 いつかの私の姿であると言っても良いうその糞が、やはりとても不快であった。

植田

最近、じわじわと疲れたのか早く眠ってしまう。   田に水が張られたと思ったら、もう田植えがされているところもあった。 昨日今日は風もさほど強くなく、田の水面は綺麗に空を映していた。   仕事中、畑の傍の雑木林を見るともうずいぶん緑が生い茂って行きている。 夏山を「山滴る」というがなるほどと思う。これは漢詩が元になったものではあるが、 季語を知ると、過去の人たちの目を借りて季節の移りを見ている気になることがある。     夜は黒石にあるネパール料理の店に行き、カレーを食べる。 店員に長身で穏やかな顔つきのネパール人の男性がいるのだが、食べ終えた後にスーパーで買い物をしていると彼も買い物に来ていた。向こうも私に気づいて笑っていた。初めて話をしたが、体の芯まで優しげな印象だった。  

新緑

晴れ、時おり暑さを感じる。 りんごの花は少しずつ散り始め、新緑が鮮やか。   帰宅すると陸奥新報社より観桜俳句大会の結果が届いており、佳作に一句選ばれていた。 商魂の熱に揺らるる桜かな この句は失敗したなと思っていた句なので選んでいただき驚いている。 「商魂」は「商い」としておけばよかったなと思う。 提出したもう一句の方が好きだったが選ばれなかった。 鳥雲に慕情の先に光差す   500名以上の方が参加した句会。 多くの人が日々の暮らしの中で色んなことを感じ、発見したりして作品にしているのだと実感して嬉しくなる。 俳句の良いところ沢山あるが、歩きながらでも農作業をしながらでも考えることが出来る事や、季節に敏感でいられる事が特に気に入っている。  

葉桜

強風の日。 梯子から落ちそうになるくらい。   宮沢賢治の星めぐりの歌をなんども聴く。 あかいめだまの さそり ひろげた鷲の  つばさ あをいめだまの 小いぬ ひかりのへびの とぐろ オリオンは高く うたひ つゆとしもとを おとす アンドロメダの くもは さかなのくちの かたち 大ぐまのあしを きたに 五つのばした  ところ 小熊のひたいの うへは そらのめぐりの めあて   星座を基に星空の様子を描いているだけなのに 言葉の美しさと想像力でこんなに凄い歌になるものなのかと、何度聴いても思う。 「ひかりのへびのとぐろ」が特に良い。   家に帰ってから歌ってみた。 ライブはしばらくしないつもりだが、いつか披露できればと思う。    

水芭蕉

風が強く、気温よりも寒く感じる。 ハチも飛んでいるのをほとんど見なかったような気がする。   りんごにはうどん粉病にかかった花がよく見られる。 うどん粉病にかかった花はエーデルワイスに似ている。   アブラムシも出始めてきたが、この時期のアブラムシは薬剤のせいかすぐにいなくなる。 その後再び現れるのだが、そのアブラムシはなかなかしつこいのである。   今日のタイトルをどうしようかと思い、歳時記をめくっていると水芭蕉に目がとまる。 今年は志賀坊高原の水芭蕉は良いタイミングで見れなかったが、水芭蕉はサトイモ科だそうである。 私は今の畑に行くようになって耳にするようになったが、サトイモを津軽では「ずぎいも」と呼んでいる。 当初は「じぎいも」と聞こえていたが、「ずいき」が訛ったのだろうと想像し、調べてみるとやはりそうだった。   今日は久しぶりに歯科医院へ行き、奥歯を抜歯した。 抜かれた歯を見ていると思ったよりも喪失感があった。